名古屋刀剣博物館「名古屋刀剣ワールド本館」というところらしい。 道すがら、こんなのあるんだなあ、 と通りに沿ってこれらの像が立っていたのを見てパシャリ。 |
若宮大通沿いに「テレビ愛知」発見。 |
絵画・イラスト・写真・YouTube動画・音楽・自転車・などなど 浜名湖西岸在住 / 小原伸文 私的活動ブログです。
名古屋刀剣博物館「名古屋刀剣ワールド本館」というところらしい。 道すがら、こんなのあるんだなあ、 と通りに沿ってこれらの像が立っていたのを見てパシャリ。 |
若宮大通沿いに「テレビ愛知」発見。 |
富士浅間神社。 きつねの像と赤い鳥居が目に付く。 |
大須観音には行かないとね
[名古屋フォトウォーク#1] まだまだ歩いて大須観音に(その8大須観音にやってきた)
まだ、スージー甘金個展トークショーまでの時間、写真を撮りながら歩いていた、その続きです。
クリマギャラリーがある矢場町辺りから、大須観音を目指して行って、また矢場町方面に戻るというコースを思い描いてましたね。
以前から一度ここで落語を聞いたりしたいと思っているのだが、 演者や演目などをはじめ、スケジュールを確認してからでないと 突然行っても無理なようである。 |
このささやかな感じが良く思える。 |
大須観音は、大須商店街方向から大須観音に出る手前の道を右に行くとあります。
名古屋にいたとき、ある期間、そんなに長くなかったんですが、大須の会社に勤めていたことがあって、会社の行き帰りは、大須観音を通って、商店街に入って、地下鉄で帰ってましたから、このあたりに来ると、その頃のことを思い出します。
思い出しますが、結構変わったのも確か。
その頃はもっと暗く、地味ーと言うか、それはそれでいい感じだとも思えましたが、その頃と店も商店街の雰囲気もかなり変わりましたね。
大学で卒論はなかったのっですが、レポートと言うか、テーマを決めてまとめたものを提出することになっていたのですが、それもこの大須商店街をモデルに、商店街の活性化やら問題点やらとかを書いたので、ここに来るとそのことも思います。
弘法大師修行像というらしい。 |
大須商店街、大須観音rといい、外国人で賑わっていた感じ。 名古屋観光といえば、名古屋城、栄、大須って感じかなあ? |
まだつづく。
2024年10月13日、この日興正寺は縁日があって、なおかつ、大仏移動中だった。 こんなところに大仏があったなんて、知らなくてびっくりである。 |
大仏があるなんて知らなかった
{名古屋フォトウォーク#1] 興正寺ってこうなっていたのか(その3八事山興正寺)
八事のイオン、当時ジャスコのカメラ店でバイトしていたことを書いたが、その頃は写真が好きとかなかった。
今もそんなに好きかなあ? という気持ちがある。
絵のほうが自由でオリジナリティに跳んでいるとおもているからだし、いいカメラで撮るいい写真ということがあるが、機材で決まってしまうのかい、と言うことも思うからである。
当時はもちろんフィルムで、どうしてその店でバイトが必要だったかと言うと、夏とかゴールデンウィーク後とか、撮ったフィルムを現像〜プリントに出すその数がどっと増えるからだった。
なので、そこの社員の人はひたすら現像とプリント作業に追われていて、バイトの私は窓口係だった。
カメラにフィルムを入れることもできなくて、そんなことを言ってくる人がいたら、社員の人に装填してもらっていた。
そしてまた、お客さんというのも、多くが、安い、コンパクトカメラや写ルンですだった。
高価な一眼レフ使用者は、自分のお決まりのカメラ店でプリントしてたんじゃないかと思う。
そこの店のプリントは、その店にあった機械に通すとプリントされて出てくる簡単なプリントだった。
色とか明るさとかは、できたプリントが気にいらなければ、応じられるって仕組みになっていた。
それでも安かったのかなあ? なかなかの繁盛ぶりだった。
今思うと、そう言えばそうだったなあ、と思うのだが、お客さんにプリントを渡す際に、できたプリントを何枚かお客さんに見せて確認するってことが仕事としてあった。
他の人がどんなところに行って、どんな写真を撮ってくるものなのか、そこに出来上がってくる写真の量や、赤の他人のものだから、ということで興味はなかったのだが、そこに知っている女の子の彼氏が持ってきていたことがあって、この男と付き合って、2人で避暑地のペンションなんかに泊まりに行ってたのか、と知ってしまったことがあった。
また、普通に何処かに家族で行って来たとかいう人はあっさりとしたものなのだが、あえてオレはヌード撮ってきたぞ、とか言う人になると、そのヌード写真のヘアーがどうのだの、このフレームがどうのだのと、写真を説明したり、感想を求められたりすることがあった。
全然八事山・興正寺に記事が行けないのだが、そこで働いている人によると、中京大学八事校舎沿いに道を上がっていくと、それは山手通り、途中ハイソな人達が住む家々やマンションがその周囲にあって、ライオンズマンションに中日ドラゴンズの選手が住んでいて、その奥さんが写真を出しに来ることがある、と言っていた。
自分は中日ドラゴンズのファンではまったくないし、ほかのチームのことも知らないので、そこに選手が写っていてもさっぱりわからないと思う。
が、その頃私は、高校生の頃などに、きれいな女の人というのはいるものなのだが、その頃になってしまうと、ほとんど見かけなくなるということはどういうことだろう? とよく考えることがあった。
そのへんのことを話すと長くなるのでやめるのだが、そう考えるのは、ここが名古屋だから、ということも関係するのではないか? というのが私の一つの答えだったのだが、名古屋は人口が多い、なので、たまにとんでもない美人を見かけることもないではなかった。
その人は、普段着で、特におしゃれしてるということではなかったが、明らかにそのへんの方たちとは発するものが違って感じられる女性を山手通りを探索しているときに見かけて、驚いたことがある。
きれいな人はいるものだ、と。
その人は多分、中日ドラゴンズ選手の奥さんとかだったんじゃないだろか? とそんなことを聞いていたので、そう思ったことがある。
山手通りは、名古屋大学とか中京テレビのこととかまだまだ書けること、書けないことがあるが、興正寺に向かおう。
向かわねば。
こんな状況になっていた。 結構大きな大仏である。 |
山手通りを、中京大学校舎沿いに上って、切れ目から興正寺に行ってみることにした。
八事山・興正寺は、中京大学校舎の裏手にあることを知っていて、ここは見ておくべきところだったんじゃないか? と学生の頃思っていたのだが、興正寺ってお寺を見に行くというか、そっちの方に行くということは、記憶では、一度か二度しかない。
その頃は、寺とかまったく興味がなかった。
今というかこの頃、青春18きっぷを使ったりして、名所や歴史的建造物を見に行ったりすることが多くなった。
しかしそれは、私の場合、見た目とか、建築様式とか、そこにそんな物があるという空気感とかがおもしろくて行っていて、歴史的に、何位時代の何とか氏がなんとかでと言うことは、さらりとしか関心がない感じである。
学生だったその頃は、バブル期で、街が変わっていく都市化の過程や他地域との差が自分の中ではおもしろかったのである。
なので、その頃、すぐ近くによく来ていても、ほとんど関心がなかった。
もったいないことをしたなあ、とか思いつつ、ここって、その昔はこんなに舗装されてなかったよなあ、なんて思いながら本堂方面に歩いていった。
そこは公園になっていたし、行ったその日は、月に2回開催される縁日の日だった。
撮って、後で気がついたのだが、大仏の後ろに飛行物体が写っている。 飛行機だとは思うが、かなあ? とも思う。 |
毎月5日と13日が縁日開催日らしい。 縁日で何を売っているのか知らないが、行ったときはすでに片付けを終えて、 帰るところという感じのワゴン車やらが止まっていた。 |
門もあります。 知らなかった。 この右手の方に、公園もあった。 |
ここが飯田街道に面した興正寺の入口。 |
興正寺を抜けて広い道に出ると、そこは八事と杁中の間くらいのところ。
バイト先があった、思い出の圦中を見ていくことにしました。
つづく。
なんだか無機質な感じの大学のある通りになっちゃったなあ、って印象
[名古屋フォトウォーク#!] 八事交差点、中京大学、山手通り(その2八事)
ということで地下鉄で八事に向かいました。
鶴舞線までの線野駅の感じなんかちょっと変わったよなあ、なんて思ったのだが、鶴舞線〜八事までの間は、変わってないなあ、って思えて懐かしかった。
書き忘れてますが、私は中京大学卒業生で、当時は八事の下宿人だったのである。
なので、地下鉄の八事駅も懐かしい。
ほじくり返すとくだらない思い出がいくつか転がり出てくる。
向こう二改札がある。 地下鉄八事駅である。 |
この出口の前の道を挟んでイオンがある。 地下鉄出口。 |
こっちから見ると、地下鉄入口って感じ。 |
左手が八事交差点。 交差点近くにパチンコ屋があったのだが、ゲームセンターになっていた。 とは言え、名古屋の街にはまだまだパチンコ店はある。 |
八事についたのがちょうどお昼くらいだったので、その昔はなかったよなあ、というすき家でクーポンを使って牛丼並盛を食べて、食後のコーヒー飲まないと、とイオンのマクドナルドに向かった。
その昔はジャスコだった。
近所の下宿ではジャンジャンジャスコと呼ぶ先輩がいて、今もそうだと言えばそうfだが、とても庶民的な空気を醸し出しているところだった。
大学4年の夏だったかは、カメラ屋さんがあって、そこでしばらくアルバイトをしたこともある。
半ズボンでバイトに行っていたら、社員に怒られた覚えやら、他にもあるとき、バイトをぶっちぎりたくはなかったし、そんなことしたくなかったのだが、バイトに入っていたときに三重県の海から電話をして、今日はいけないんですよなどと言い訳したことなど思い出される。
サーフィンに行こうという誘いを断りきれなかったのだった。
今の時代だと考えられないが、その頃は、いい空気感の中、あちこちでバイトをさせていただいていたのだった。
本当に今は考えらえない。
バイトに入ってるのに、その時間に三重県の海にいるだなんて。
ひどいやつだ。
あーいろいろ思い出すなあ。
中京大学も思い出だらけなので、書かずに次回につなげます。
この日のナナちゃんは、関西万博スタッフのウェア。 関西万博の広報は抜かりないのである。 |
撮りすぎってことになったが、ブログネタにもなってよかった
名古屋フォトウォーク#1(その1名駅)
2024年10月13日は、名古屋でスージー甘金さんの展示があるというので、行ってみることにした。
スージーさんの展示とトークライブがあると言うその日に行くことにしたのだが、名古屋に行くには、名鉄電車の『土休日名古屋特割り2』というお得切符があるので、それを使ってみたかったこともあって、行こう行こうということになった。
名古屋というと、こんな特別なことでもない限り、行くことはないなあ、という感じだった。
しかし、豊橋~名古屋間の土休日割引きっぷというのは、使ってみたいじゃない、ということは結構思っていた。
そのことに対して、青春18きっぷを手に入れようものなら、名古屋は行くところじゃないなあ、何しに行くの? ということになって、まあ、乗り換えか何かで名駅で名古屋土産調査をしてみたい、ということくらいしか頭になかったのである。
名古屋は、住んでいたこともあって、その住んでいたことさえ、今思うと情報弱者で、他に行けばよかったんじゃないだろうか? と思うことさえあるところだった。
そんなことを今更言っても仕方ないのだが、名古屋と思うと、なにしに行くの? と反射的にそんな言葉が出てしまうのが常だった。
ナナちゃん人形のところから西方向に歩いている感じ。 駅周辺は高層ビルが立ち並んでいる。 大都会ってことを見せつけようとしてるかのよう、って このあたりに来るといつも思う。 |
と、こんなことばかり言っていると名古屋がそんなに嫌なのか!? と思われそうだが、今いるところから100キロほど離れたところなのだが、かなり知っているところなので、できたら行ったことがないところを目指したい、という気持ちが強いのである。
で、今回、スージーさんの展示とトークライブに行くとしても、そこでそんなに時間を取られるものではないので、名古屋に行くのなら、街歩きなどして写真を撮ってこよう、インスタグラムなんかのネタにしよう、ということで、早めに家を出て、結構な点数の写真を撮ってきた。
スージーさんの展示に関することは、もう一つのブログの方に書くことにして、この日名古屋の八事や大須などで撮ってきた写真をブログにまとめておくことにします。
すでにインスタグラムに出していたりする写真なので、さらりとまとめてそれらを追いたい方は、そちらをご覧いただけましたら幸いです。
instagram ; oharamaruno,instagram
地下鉄で八事に向かうのだが、地下鉄改札に向かっていくと、 ユーチューバーのミキヤ氏の広告が嫌でも目に入る。 地下鉄車両外面にも高須クリニックの広告が張ってあって、 金山で降りて向いたかったなあ、なんて思った。 ナナちゃん人形の写真を撮りたかったので名駅まで来たのである。 |
この回のためにとび太くんのイラストを描いたのだが、 ちっとも似ず。 まあ、いいかという感じで載せておきます。 |
私と出会ったとび太くんと飛び出し坊や写真
ビワイチ終了記念、とび太くん写真まとめ
2024年の夏、青春18きっぷを使っての分割ビワイチで撮ってきたとび太くんと飛び出し坊やの写真まとめをお送りします。
今回撮った中で一番決まったな、と思えるのがこの写真。 コンテストに出してもイケそうな写真だと思う。 |
御臨終になってしまったcanon N2で撮った写真。 なんかぼやけた感じがあるのがこのカメラの写真で、 それは今どきどうなんだろう? とそれをマイナスとして 捉えていたが、今となっては、それこそN2の味だなあ、 と壊れてしまったカメラをとても残念に思う。 これがその N2最後の写真である。 |
八幡山ロープウェイというのが近江八幡にあって、 その公園前駅の前のとび太くんがこれ。 |
これはとび子ちゃんだろう。 通りで見かけた。 |
近江八幡の水郷のところのうなぎ屋のとび太くん。 店の前にあったのだった。 |
このとび太くんは、表情が最高である。 |
今回のベスト・ショットも言える琵琶湖沿いにあったとび太くんの写真。 |
スポーク折れにめげずに米原駅まで
[青春18きっぷの旅] ビワイチとりあえず終了
分割ビワイチ折りたたみ自転車ルノー・ライト8の最終回は9月8日になった。
台風が来るとかだったかなあ? で遠出すると、その先で電車が止まったりする可能性もあるかなあ? あったらあったでいいんだけど、まあ、様子を見るか、と分割ビワイチを始めてから3回連続日曜日に行っていたのだが、最終回は、2回間をおいて、青春18きっぷ使用可能期間最後の日曜日になったのだった。
そう言えば、8月いっぱいで奥山高原が閉館するというので、一回はそちらにあてて、2週間間を置いての最終回になったのだった。
最終回と言っても、琵琶湖大橋から上の琵琶湖をぐるりと回った今回のビワイチで、下の琵琶湖は、また機会を見つけて回ろうと思っている。
近江八幡の水郷。 観光スポットである。 |
最終回のスタートはJR近江八幡駅からで、まずは激安スーパーラ・ムーに向かい、寿司のパックを買って店先で食べて腹ごしらえ後の開始になった。
そうそう、この日は、なんと米原〜醒ケ井間の線路脇で火災発生で、関ヶ原駅で電車は動かなくなり、1時間半ほど、ホームで電車運行再開まで待たされることになった。
JR関ヶ原駅のホームで。 運転再開の電車を待つ人達。 ここから米原駅まで超満員電車になった。 こういうのが青春18キッパーの辛いところである。 |
動いてくれてよかったのだが、この時間のロスは大きかった。
結果で言うと、ラ・ムーで寿司を食べるのは良かったとしても、近江八幡の観光スポットをちょこっと観光したり、彦根でコメダ珈琲店で休んでいこう、などのプランが頭にあったのだが、それどころじゃなくなった、ということになった。
この日は、ラ・ムーと近江八幡ロープウェィ駅の土産物屋コーナーでとび太くんのノートを買うことしかできなかった。
米原駅までも、思っていた以上の感じの距離感があった。
彦根市に入ると、結構焦って走っていた。
しかも、前日から、この異音のカラカラ音は何? と原因がわからずに来ていて、その原因はやはりスポークにあったみたいで、気づくとスポーク一本折れちゃっていたのだった。
過去に、700cのクロスバイクでスポークが折れたまま走って大丈夫だったこともあって、折れたことに気づいてから、あと20Km以上あったのだが、まあ、なんとかなった。
たこ焼きのキッチンカーがいたのでパシャリ。 ゆっくりと食べていけなかったのは残念。 |
隙間だらけの琵琶湖沿岸という感じである。 |
今回のビワイチからビワイチについてまとめたブログも書こうと思うのだが、ビワイチコースは湖岸に沿っていたり、湖岸からそんなに離れないルートで、地理感もないので、そこを見失わないように行くことになるのだが、反時計回りに行っていると、やっと見かけたコンビニや道の駅に行くことさえ、反対側の道にいかねばならないことばかりで、めんどくさくて寄れなかったし、ルートを外れて観光スポットに寄るなんて余裕がなかった。
そのルートは自転車で走りやすいのだが、変化がないところが多い。
それと、自分の場合、スマホがボロいので、マップの確認は、紙の地図をリュックから出して確認することになるので、それがめんどくさくてしないので、今どのあたりにいるのかとかわかりにくく、不安だった。
公園とかに寄ると、地図が描かれた看板があったりするのだが、そんな公園もそんなになかったのだった。
なんだかよくわからないが、とにかく先を急ぐという走り方だった。
打ち寄せる琵琶湖波。 |
琵琶湖はでかかった。
どこまで走っても琵琶湖なのだった。
浜名湖と違うものだと思ったのは、でかい琵琶湖周辺で、人が集まるスポットもあるのだけれど、どこも琵琶湖で、結構のびのびと好きなところで琵琶湖と接する場所があるみたいだな、というところ。
空いているのである。
また、京都や大阪も近いのに、滋賀県は人が少なそうで、のんびり感を感じるところだった。
また、滋賀県と言うと、自分にとってはとび太くんが生まれたところで、あちこちでとび太くんとそんな飛び出し坊やが見かけられるところなのはよかった。
このあたりはとび太くん率が高かった。 この写真は、この写真を撮った数日後御臨終を迎えた canon n2 というコンパクトカメラで撮ったもの。 |
この日、電車が遅れたあこともあって、なかなかのせこせこっぷりでJR米原駅まで走り終えることになったのだが、ビワイチを計画通り終えることができてホッとした。
自転車は、他に、気づくと、自転車止めのスタンドの先に保護用ゴムが付いていたのだが、どこかに落っことしてきていた。
まあ、それも今回のビワイチの思い出である。
ビワイチという目標があって、それを走りきった達成感は、たしかにビワイチにあるなあ、とそのことを思いながら電車に乗って帰っていったのだった。
それにしても米原駅周辺にはコンビニもファストフードの店も牛丼屋もなくて、駅前で自転車を折りたたんでケースに入れたあと、なにか飲みたい、食べたい、と駅と隣接する市役所内に行ってみたのだが、欲しくなるものがまったくなかった。
また降りることがあるだろうか? 米原駅。
花の奥山高原にあったアンパンマンを始めとするちびっこ向けオブジェ3体。 ここに行こうと入っていったところのベンチでカップルが 膝枕で男の耳の穴掃除などしていちゃついていて、 アンパンマンを見に行くのも大変だなあ、と思った。 ほんとローカルな空気感のところで、 家の外は公共の場ということを意識する私としては、 波長が合いそうにないところだなあ、という印象である。 |
最初で最後の奥山高原
花の奥山高原8月で閉園だと
8月25日日曜日、花の奥山高原に行ってきた。
instagram などで、この2024年8月で終了してしまうということを知って、行ったことがないよなあ、と思いビワイチより先にということで、行ってみることにしたのだった。
交通手段はもちろん自転車で、天竜浜名湖鉄道『知波田駅』から『気賀駅』まで輪行ワープで行くことにした。
今回のよかったポイントとしては、天竜浜名湖鉄道に乗ったことがまず挙げられる。
子供の頃に乗ったことがあったはずだよなあ、というくらいで、ほとんど記憶にない。
知波田駅でゆっくりと輪行袋にブリヂストン・クエロを収納して、のんきに電車を待って、乗り込んだ。
歯科医と駅舎を同じくする天竜浜名湖鉄道『知波田駅』。 |
広々とした待合質。 愛車ブリヂストン・クエロを輪行袋に入れて電車の到着を待った。 |
ローカル感バッチシ。 私のほかに乗客はいなくて、やってくる電車を撮る撮り鉄カメラマンが現れた。 |
車内は、外国人と観光目的だろうなあっぽいひとと、地域の脚って感じの人達が乗っていて、それなりの需要があるんだろうなあ、ということが理解できた。
また、よくこの周辺を自転車で走っている者としては、これは便利だなあ、という気分で、景色を見るのも楽しかった。
天浜線電車内からパシャリと撮っているところ。 |
気賀駅。 |
そして気賀の駅についたのだった。
駅の横にラーメン屋があって、食べて行こうかなあ、と思ったところにバイクのあんちゃんが来て、あとに続いて入っていけばよかったのだろうけれど、ローカルな、なんだか常連で埋め尽くされているような店なのかなあ? とそこで躊躇してしまい、ラーメンは諦めて、北に進み、こんなとこ行くのか? と思われる激坂を登って行くことになったのである。
そうだなあ、あちこち出かけていって、その土地の個人飲食店に入れないのは、常連のための店の匂いを感じるからだろうか? もちろんチェーン店にも常連は存在するんだろうけれど。
とか思いながら、ひたすら坂を自転車を押していった。
これだけ急だと激坂好きヒルクライマーなんてサイクリストも無理じゃないだろうか? と思える坂である。
まずは国民宿舎まで。 国民宿舎あたりから見下ろす浜名湖の景色がよかった。 |
坂を登っていくと、まずは国民宿舎を目指すことになった。
駅から1キロくらいあるのだが、ずっと登坂である。
国民宿舎につくと、そこからちょっと行けば奥山高原じゃないだろうか? と思っていたのだが、ぜんぜん違うし、国民宿舎の先で3方向に分かれる道のどれを行けばいいのか、そこにあった立て看板の地図を見ていると、坂の下から上がってくる〜国民宿者で働いてる人? が「どこに行く?」と声をかけてくれて、どの道に行けばいいか教えてくれた。
困ってる人を見たら助けるのが人の道だよなあ、と道を教えてもらえたからこそと、そんなことを考えながら、まずは道を下っていった。
奥山のバス停あたりからの登阪は、自転車で行けないっちゅーの。 |
奥山高原までは、なかなかの距離があったし、奥山高原の長い登坂を登っていく前のバス停のところから、奥山高原までは、ホントきつい登り阪だった。
どれくらいだろう? 3キロくらい? ずっと自転車を押して登っていったのだった。
観光案内所があったことに驚いた。 閉まっていたが、以前は観光名所だったってことだと思う。 |
えんえんと登った坂のここを右に行けば花の奥山高原である。 よくぞここまで登ったものだと、自分を褒めたことは言うまでもない。 よくやった ! 自分エライ ! |
途中で行くのはやめようか? と何度も思ったが、やめて他になにかここまで来て良かったようなことが思いつかなかったので、ひたすら自転車を押していった。
オレンジロードを終えて、奥山の集落に入った頃に一人自転車に乗っている若者を目にしたが、このあたりの坂を登りに来ている人じゃなくて、土地の若者だったに違いない。
やたらと坂が続く。
奥山高原までの道は、クルマでも坂がつらそうだった。
気軽にここまで来られなさそうなところにあったのだった。
顔出しパネルで気分は上がるよね。 隣に自転車置き場があるが、 ここまで登ってくるサイクリストがどれだけいただろうか? |
閉園は残念って言えば、残念だが、私なんかがどうしてあげようもない。 |
釣り堀も閉まっていた。 ここに釣り堀があるのはいいね。 でかい鯉なんか釣って持ち帰れたんだろうか? |
到着した花の奥山高原は、無料で入ることができた。
着いて思ったのは、高原ってどこが? ということで、入ると更に坂が続いていて、もうかんべんしてほしい、ということで、ベンチで休んで、帰ることにした。
花の季節じゃないので、この場の花の良さとかちっともわからないし、庭園なのだとしても、見て、心休まるとか、そういうものでもなさそうで、考えてあるんだろうけれど、どこがいいのかさっぱりだなあ? とにかくここまで来るのがつらかった、とベンチで休んで帰ることにした。
なにしに来たんだろう感バッチリなのだが、こういうところだったということはよくわかった。
ここに来たのは、もちろん初めてだった。
帰りは、浜松の街に出て帰ることにしたのだが、浜松市街地まで、なかなかの距離があった。
奥山当たりに行ったのは、初めてだったかも知れない。
そこも浜松市なのだ。
どんなところかわかったのは良かったと思う。
この日は降水確率高かったのだが、途中パラリとして、志都呂のあたりで降られただけだった。
入野イオンのスガキヤで肉入りラーメンを食べて、志都呂あたりで雨が降ってきたので、志都イオンのスガキヤでかき氷を食べて帰ってきた。
浜松西イオンのスガキヤスーちゃんで食べた『肉入りラーメン』。 |
志都呂イオンで食べた『抹茶氷』。 |